親の母校とわが子の受験

親の母校と、わが子の受験

・ 母校を愛する心

私の母校は、1917年、大正6年、大阪市住吉区に創立された幼稚園から大学、大学院までの女子の一貫校でした。と過去形で書いた理由は、今では、大学には男子学生も在学しているから、です。
私が在学した昭和40年代後半の学院生達は「一に力、二に力、三に力、力の人」という建学の理念をまさに地でいくようなバイタリティーに溢れた商家の子女が多く、私はこの学校で若い時代の大半を過ごしました。
その学校の水が非常にあった私は、在学していた当時から、「将来、私の子どもにも是非、この学校で学ばせたい!」そう思っていました。
『私が大好きなこの伝統ある制服を着せたい!私がそうしたように、スポーツデイでは溌溂と戦い、コーラスコンクールでは友とのハーモニーに心震わせ、始業式や終業式では、ひんやりとした空気に満ちた古い講堂の中、座り心地の悪い木製の長椅子に座り、静かな気持ちで学院歌を歌って欲しい!』
これは、23歳の私が書いた文章です。大学を卒業してまもなく、私は母校から依頼を受け、学校の季刊紙に「母校への思い」というテーマで書いた文章の一部です。まさに、これが当時の私の願い、私の夢だったのです・・・
でも・・・残念ながら、私は結婚と同時に関西を離れていましたので、幸運にも娘は授かったものの、「娘を母校に!」という夢は、チャンスさえ与えられず、叶わぬ夢に終わりました。
大学を卒業してから、すでに30余年。それでも、帰省した折、町や電車で母校の制服姿の女子生徒を見ると、胸がキュンとし、さまざまな思い出が浮かんできます。郷里を離れて暮らしているという条件も、一層母校への愛慕の思いを駆り立てるのでしょうが・・・やはり、満足のいく、すばらしい学校生活を送った人にとっては、母校への思いは、非常に強いものだと思えてなりません。
でも・・・最近私は「母校への思い」が、決してわが子と重ねる事のできない「叶わぬ夢」であった事が、じつは、私にとっても、そして何より娘にとっても、とても幸せな事だったのかもしれない・・・と感じるようになりました。

私立校とは、他項目でも繰り返し書いている通り、子どもが育つひとつの大きな「環境」です。もし小学校が、たんに「学業を修める場」であるとすれば、わざわざ学校に行かなくても、自宅でわが子に合った家庭教師と自学する・・・これでも問題はないはず、ですね。例としては極端かもしれませんが、そうは思われませんか?
しかし、学校とは、「勉学にいそしむところ」であると同時に、子どもが一個の人として成長をしていく上で、大きな影響を受ける大切な空間です。
人的な影響、つまり、友人や教師との関わりという意味だけではなく、子ども達は多くの卒業生の思いをも含めた、目に見えない「学校の気」の中で、毎日育っていきます。
母校への思い・・・それは、もしかしたら、在学中にはほとんど意識されないものであり、むしろ、卒業してから時が流れれば流れるほど、自分の成長と重なり、とても甘美なものとなっていきます。そして、そこに一つの郷愁のような感情がプラスされ、「わが子も、母校で学ばせたい!」という思いは熟成されていく・・・そのように思います。

学校を卒業したあと、大抵の人が社会に出て、仕事をします。そして、社会でそれなりに経験を積み、少し落ち着く頃になって、多くの人は、あらためて自分を育ててくれた教育環境への感謝の思いや誇りを、あらためて実感するようになる・・・ちょうどそんな時期に、わが子の受験、がやってきます。
このようにして、私立校の卒業生である父親や母親は、迷わず、わが子の志望校の筆頭に「自分の母校」を考えられるようになるのです。

私自身がそうであったように、すばらしい学校生活を送った父、母にとって、母校は理想の教育環境です。息子や娘を、そこで学ばせたい!と願うのは、至極当然のことでしょう。十分にそういうお気持ちを理解できる私立校育ちの私ですが、やはり敢えて申しあげます。
どうぞ、ご自分の母校は「僕の母校、私の母校」として、あらためて位置づけてください。そして、その母校は、ご自分達のすばらしい思い出の中に存在させ、まずは気持ちをリセットしましょう。その上で、わが子の親として、白紙の状態から「わが子の学校選び」を考えてみませんか?
まずは母校ありき、ではなく、自分の母校は母校として大切にとっておき、そこは、最初から、「よくわかっている、理解できている学校」として横に置いて考えてみる・・・それが、わが子にとって、最も真っ当な親としての考え方だと思います。

・ 親は親、子どもは子ども

もし親が「まず母校ありき」として考えてしまったとしたら?その学校は「パパの母校」「ママの母校」であるはずなのに、家庭生活の中で知らず知らずのうちに、親の強い母校への思いが見えない力となってわが子の意識をコントロールしていきます・・・子どもは、白紙のキャンバスですからね、母校の名前を聞いたり、母校に行ったりするたびに、どんどんと意識の中に学校名や学校での出来事を意識の中にと留めていくようになります。
そしていつしか、親が強要していなくても、自然に覚えていってしまい「ここはぼく(わたし)も行く学校なんだよね」「きっとパパ(ママ)はぼく(わたし)にもこの学校に行って欲しいって思ってんだよね!」というふうに強く感じていくようになるのです。
たとえ、親がそういう事を口に出さなくても、です。(実際には、多くの親は、毎日のようにわが子に自分の母校がいかに素晴らしいかを熱く語り、うるうるした目で、わが子の制服姿を思い描いてしまうのです・・・)

たとえば、我が家の場合。
私の夫は早稲田大学の出身です。様々なスポーツでも活躍することの多い早稲田大学ですから、息子と娘は幼い頃から、テレビの前で父親が連呼する「早稲田がんばれ!早稲田がんばれ!」の声の中で育ちました。
ピクニック気分で、よく六大学野球の早慶戦にも出かけました。そんな我が家の子ども達は、幼稚園の頃は、「慶応」と聞けば「パパの敵の学校だね!」と真面目な顔でよく言ったものです。そして、大学受験を迎えるような年齢になっても、「やっぱり慶応受験はなあ・・・多少の違和感?があったりするねえ。」などと言って笑っていました。
この例でもおわかりの通り、無垢な子ども達は、ストレートに、五感で「親からの強いテレパシー」を感じます。そういうことを十分に認識し、出来る限り「白紙」の気持ちで我が子の小学校受験に臨んでください。
子ども、家庭と学校は、天命とも言うべき縁によって結ばれていきます。両手を広げてわが子を、ご家庭を迎えてくださる学校こそが、進学して幸せになる学校なのです。
親の母校は、あくまで「親の母校」です。そのことを、しっかりと肝に銘じること。それが、わが子をピュアに見つめ、導いてあげることだということを忘れないように。
母校=わが子の進学先、と信じて疑わない親は少なくありません。しかし、こういう短絡的な考え方では、受験結果が思い通りでなかった場合、親子ともにとても不幸になってしまいます。
母校も、あくまで「選択肢の一つ」です。そのことを忘れないようにしてください。

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