中学受験と私立小学校

地方の小学校と首都圏の小学校

・ 私立小学校・・・本当は、よくわかっていません・・・。

「じつは先生、私は高校まで○○県で育ち、小学校から高校まで、県内の公立学校で過ごしました。今、わが子には私立の小学校で教育を受けさせたいと夫婦で話し合っておりますが、本当のところは私立校というものがわかっておりません。何と言えばよいのでしょうか・・・正直申し上げて、感覚としてはピンとこない、とでも言うのでしょうか・・・」 「私はずっと地方の学校で教育を受けました。友達や先生にも恵まれ、今思い出しても、それは幸せな学校生活だったと思います。ところが、ここ首都圏では、わが子に私立校を考えるというと、子どもの教育に対して意識の高い親のように思われます。何の疑いもなく、私たち夫婦が地域の公立小学校に進学させようとしていると、「本当に君、それでいいの?」と、同じ年頃の子どもを持つ会社の同僚に言われてしまいました。おどろきました。どうして首都圏ではこんなに「私立、私立」ともてはやされるのか?私にはよくわからないし、不思議でたまりません。こういう風潮を、私は気持ちの中でしっくりこないのですよ。」 これは、入室のご相談においでになった保護者の方のお言葉です。 夫婦で話し合い、わが子のために是非とも私立小学校に進学させてやりたい!と思い、受験準備をしようと決めたものの、じつは、こんな思いを秘かに心に抱いていらっしゃるお父様やお母様は少なくないかもしれません。 冒頭でご紹介したご両親の声は、東北や山陰、つまり「地方」と表現される県のご出身の方々でしたが、じつは地方ばかりではなく、大阪、名古屋、福岡というような大都会でも、首都圏ほど私立小学校の数は多くなく、小学校受験は関東ほど熾烈を極める、というほどのものではないのです。 要するに、「私立小学校」というものの位置づけ、認識、評価のされ方が、関東圏、首都圏と地方とでは、大きな違いがある、ということです。むしろ、首都圏だけが特別、と言えるでしょう。 そして首都圏、特に東京都や神奈川県の私立校の人気は決してここ数年のものではなく、ほとんどの私立の一貫校は長い伝統に支えられ、毎年、多くの卒業生を輩出しています。

・ 地域をあげてサポートする公立小学校

それでは、少し、違った方向からこの問題を考えてみましょう。 もうかなり昔ですが、NHKの旅番組で、長野県のある小学校が紹介されました。その小学校では、もう50年以上も、町ぐるみでその地域の小学校の運動場に水を撒き、スケートリンクを作っているのだそうです。 そして、そのスケートリンクの管理は、ひと冬を通じ、小学校の保護者のみならず、地域住民の協力によってなされています。気温マイナス10度、凍りつく寒さの中、会社帰りお父さん、一旦家で食事を済ませて出てきたおじさん・・・すべての地域の住民が交替で、小学校の全校生徒100人のために、毎晩整備を欠かしません。 少し気温が上がると、朝からリンクの事が気にかかり学校にかけつける住民達・・・ 1年生も6年生も、自分達のためにリンクを整えてくれているおじさん達に元気にあいさつをし、年に1回の競技会では、地域住民はこぞって応援に駆け付け、地域をあげて生徒達に声援を送ります。 住民の一人一人が、かつてはそこで滑った小学生だった自分の姿を思い出しながら、手作りリンクを滑る子ども達を応援します。 こうして、脈々と受け継がれていく小学校リンクへの愛情、愛着。それはリンクに象徴される母校への深い思いです。 僕も、私のおじいさんも、私のおばあさんも、この小学校で学んだ・・・お父さんも、お母さんも、おじさんも、おばさんも、いとこも、またいとこも、みーんなみんなこの小学校に通い、毎日を過ごした・・・ 地方の小学校には、そんな深い思い入れと、受け継がれる地域での役割があります。そして、その重さ・・・それらのすべてが、地域の小学校の存在意義なのでしょう。

 

・ 首都圏の公立小学校の現状

もし、首都圏の小学校も、この長野の小学校と同じような体質だとすれば、きっとこれほどまで「私立校志向」「公立校回避思考」は育ってはいかなかったのではないか?そう思えてなりません。 もちろん、首都圏の場合は、中高一貫校という私立校へ進学を希望する子ども達も多く、そのためには熾烈な中学受験を経験しなければならない・・・その長い準備期間を回避したいという思いから、私立小学校の希望者が増加している、という面も大いにあります。 しかし、小学校受験志向の理由が中学受験回避の思いからでなかったとしたら? まさにこの長野県の小学校のように、地域の公立小学校という環境が、教える側、教えられる側、どちらもその学校への深い愛情に溢れ、多くの地域住民によって支えられて、すばらしい信頼関係のもと、三位一体で尊い教育が施されている教育環境であったなら、現在のような私立小学校熱は、それほど大きくならなかったでしょう。 首都圏の公立小学校は、なかなかこの番組の学校のようにはいきません。 東京の極都心であれば、都会のドーナツ化現象によって、都心の過疎化の問題を抱え、廃校や統合される小学校も多いですし、新興住宅地であれば、学校そのものにそれほどの歴史がなく、住民も転入転出が多い。そこで教える先生方(学校の顔とも言える校長先生も含めて)も、3年や4年に一度は同じ市内、地域などで転勤をする・・・こうなると、保護者側にしても、どんなに我が子がお世話になった学校だったとしても、子どもが卒業してしまえば、そこはすでにもう縁のない学校、関係のない学校になってしまいます。教える人も替わり、学ぶ人も替わる・・・そうなると、地域の小学校は、そのご家庭にとっての「通過点」に過ぎません。

・ 首都圏の私立小学校の場合

では、首都圏にある私立小学校の場合はどうでしょうか? まず、最初に認識しておくべきことは、「私立校」とは、その多くが小学校のみとして存在している学校ではなく、小・中・高(その中には付属幼稚園がある場合、大学まである場合もあります)校として、ひとつの学校法人となっている学校である、ということです。 ですから、小学校受験とは言っても、実際には小学校6年間だけではなく、その先の中学3年間、その先の高校3年間も同時に考えることになるのです。 さて、その私立小学校ですが・・・ ごく一部の卒業生という親を除いては、親のひとりひとりが「自分が幼い頃に通った地域の学校、というわけではないでしょう。そういう意味では、その学校を志望し、幸い、合格をいただいた場合でも、入学の時点では「愛着や愛情」はないかもしれません。 しかし、少なくともその学校は、数ある首都圏の学校の中から夫婦で考え、悩み、苦心して選んだ「愛する我が子を是非、託したい」と願った学校です。たとえスタート時点では、愛情や愛着はなかったとしても、保護者のお一人お一人の中には、「その学校に確固とした思いを持って志望し、そして自分達は親子で試験に臨み、選んでもらった」という、同じ気持ちがあるのです。 私が見たその番組の中では、多くの地域の住民がご自分達の思い出を胸に、愛情を持ってその学校を守る様子がどの場面からもひしひしと伝わってきました。そういう気持ちと同じものが、都会の私立校では、たとえそこに自分達の思い出はなくとも、「愛する我が子を託した学校を、同じ思いを持った保護者達の手で支え、守っていこう」という学校への愛情、愛校心となるわけです。

・ 数値に置き換えられない学校の格式や伝統

こんなご意見を聞くこともありました。 「正直、異次元に入り込んだ気分でした。その日の気温は30度で、真夏を思わせる暑い日だったんです。ところが、妻にせがまれて行ったそのカトリック校の説明会の会場は、後ろから見たら紺色一色なんです。平日なのに、お父さんの姿もたくさんあって・・・いったい、なんだこりゃって思いました。」 「みんな、神妙な面持ちで・・・講堂には、あんなに人がたくさん入っているのに、校長先生が話し出したら、しーんとしてるんですよ。帰り際も、出口に立ってたおられた校長先生にみなさん最敬礼して・・・まだ、子どもが通うかどうかもわかんない学校なのに。ここは、そんなに上等なのか?って・・・わかんないです、正直・・・」 このように話してくださったのは、地方のご出身のお二人のお父様方で、お二人とも、似たような経歴をお持ちでした。小さな頃からご優秀で、高校は県下で一番の進学校。大学は、近隣の県の偏差値の高い国立大学に進学され、卒業後、東京においでになった・・・という方でした。 私は、こういうふうに感じたお父様やお母様に、「ほー、なるほど!」と思っていただける答えを、なんとか上手く「言葉」で伝えたい、と思い、いろいろと言葉を尽くしてお話をしたのですが・・・残念ながら、なかなか、伝わりませんでした。 そんな方達が1年・・・2年・・・と受験の準備を進めていかれて、無事に考査を終え、春の入学式を待つ頃になると、このようにおっしゃっていたご両親が、必ずしみじみと話してくださるようになるのです。 「先生。今思えば、初めて学校説明会に行った頃の私には、東京や神奈川の私立ってものを理解するような価値観自体がなかったんだなあ、って思います。私が育った県では、中学まではみんな一緒。ワーワー言いながら自転車に乗ったりして学校に通うんです。でも、高校に進学する頃になると、自然と道は違ってきましてね。優秀な奴らは、県下で進学校と言われる県立高校に進学するんですよ。それで、はじめて電車通学するわけです。そのあとは、地元の国立大学に進学したり、東京の有名な私立大学へ行くんです。うちの県では私立の高校だって少なかったし、あったって、県立の進学校には及ばなかった・・・高校だって、私立はほとんどないんだから、小学校に至っては私立の小学校なんて、聞いたこともない。優秀な奴らは、とにかく高校になったら進学校に行く・・・私には、こういう図式、こういう価値が理解できるだけの「思考」しかなかったわけ、です。でも、子どものためにって、いろんな学校に足を運ぶうちに、ぼんやりとですけれどわかってきたんです。首都圏にある私立の学校っていうのは、私が生まれ育った世界とは、全く異質のものなんだなあ、って。私達にあったのは、優秀か普通かできないか、っていう三段階だけで、この三段階に関しては、偏差値みたいな数値で全部表すことができたんです。でも、こっちの学校は、その三段階だけじゃなかったんですよね。はっはっは。でも、今は肌でわかりますよ。偏差値的な考え方だけでは、絶対に説明のできない「学校が持っている空気」があるっていうことを・・・私が、小さな頃から知っていた最高のものは、学力とか知力とか教養。でも、こっちの私立校は、そんなものとは別に、「学校の品格」っていうのかなあ・・・そういうものがあって、また、そういうものを何より大事にするような人達がたくさんいる、ってことだったんですよね。違うかなあ?」 そうですね。私は、このお父様が感じられたことは、非常に分かりやすく、的を射た分析だと思いました。 どんな人でも、「自分の経験」にないものを理解し、納得するのはなかなかむずかしい事です。自らの経験に裏打ちされない理屈や論理は、たとえ頭では理解は出来ても、「五感、感覚」を通して、自然にすとんと心に入っていくということはあり得ない・・・ まずは、納得できるところまではいかなくても・・・ 「そうかあ、なるほどねえ。そういうことなんだね。私の経験にはなかったことだけれど、ここ首都圏では当たり前ってこと、結構あるんだってことを知らないといけないな・・・」ということを忘れないでいてください。


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