「もし仕事をしていなかったら?」を考える

時代は令和。「妻が仕事を持っている」「夫が育児に参加する」こんなことは極々普通のことになりました。そんな時代ではあっても、やはり時には立ち止まって「もし…」と考える時間は必要でしょう。どんな状況であっても「考えること」は大切なことですもの。

働くお母さんが見落としてしまっていること

待機児童の話題が頻繁に持ち上がります。それほど、働く女性が増えた、ということにほかなりません。でも、小学校受験を考えたならば、一度是非、じっくりと考えてみてください。

『もし、仕事をしていなければ、私は毎日、この子にどんなふうに接しているかしら?』
『もし、私が働いていなければ、私とこの子は毎日、どんなに一日を過ごしているのだろう?』

仕事を持っている、という事実が「働くママの家庭でのスタートライン」です。ですから、そのことを子育てをしていく上で「良いのか?悪いのか?」と論じること自体がナンセンスです。ただ、自分が仕事を持っていない母親であったらば、どんな母親として、どんなふうに我が子に接し、どんなふうに母子の時間を過ごし、どんなふうに暮らしていただろうか?を考えてみれば、今までは「見えていなかったこと、気づいていなかったこと」が見えてくるのではないでしょうか?

例えば…

「もし私が毎日家で一緒にこの子といたとしたら、きっと私は、この子と一緒にクッキーを焼いたり、ケーキを焼いたりしていただろうなあ」などと、想像をしたとしたら、是非一度、敢えて時間を作り、一緒にケーキやクッキーを焼いてみてください。

「もし私が毎日家にいたとしたら、散歩がてらこの子とおしゃべりとしながら駅前のスーパーに行って、のんびりお献立を考えながらお買い物をして、帰りには途中の公園に立ち寄って、ちょっと遊ばせたりしてたかも…」と思ったら、お休みの日には、そんなふうに時間を過ごしてみてください。

そんな「もし」を実践した時、あなたは何を感じましたか?何を考えたでしょう?そして、何かに気づきましたか?

あなたが実践した「もし」の時間は、普段の生活には「ない時間」です。だから、その「ない時間」の中で気づいたこと、考えさせられたこと、それらは、きっと日ごろの生活の中で「不足していること」であったり「見落としてしまっていること」なのではないでしょうか。

そして、いつも通りの暮らしに戻っても、今度はあらためて「不足していること」「見落としてしまっていること」を意識しながら、あなたの子どもとの時間を過ごしてみましょう。

誇りを持って仕事をするママになる

ときどき、「とにかく私には仕事があるんです。どうせそんな悠長な時間の過ごし方なんてできないのだから、考えてみたって仕方ないですよ」と、不愉快そうにおっしゃる方がおられます。

でもね、仕事があろうとなかろうと、妻であれ、母であれ、夫であれ、父であれ、誰であっても「考えて、修正する」「決断して、実行する」こういう時間は必要だと思うのです。

自分の毎日に重責を感じ、自分お仕事、自分のキャリアに誇りを持っている方であれば、何事に対しても努力を惜しまず、不足しているところに気づけば補い、偏りを修正し、ベターな方向に向かわれる。

きっとそうだと思うのです。そして、そういうママは輝いている。

惰性でルーティンの感覚で毎日を過ごし、足りないと気づいても補おうとすらせず、努力を怠り、自分の仕事にも誇りを持たずに過ごしているとすれば、きっとそういうママは、何かあるごとに仕事を持っていることを言い訳にして、雑な子育てをしている自分を正当化しているだけ、そう思えてなりません。

小学校受験の準備をするということは、子どものみならず、親にとっても「気づきと成長の素敵なチャンス」なのです。「受験を考えたからこそ、私達夫婦は我が子に〇〇をしてやろうと思った」「受験をすることに決めたから、我が子の△△の部分、私達の□□の部分に気づき、大いに反省した」等々、このチャンスから感じ、学ばないのはもったいない。

小学校受験の準備期間は、その渦中にいる時には長く感じるかもしれませんが、考査が終わって振り返ってみれば、決してそれほど長いものではありません。(3年近く?3年以上?の準備期間を過ごしたとしたら、それは長すぎです)

正しい知識を持ち、真っ当な姿勢で小学校受験に取り組むことは、とても有意義なことです。こうして準備を進めていけば、きっと、母親としてのご自身の意外な面に気づいたり、我が子の知らなかった姿を垣間見たり… きっと「親子の発見の期間」となるはずです。

ぜひ、素敵な時間をお過ごしください!