幼児教室+小学校受験+私立小学校受験

どういう子育てをしていますか?

・ 大別される親のタイプ

あなたはどんな展望をもって、子どもを育てていますか? あなたの家庭では、どんな家庭教育をしていますか? そもそも、あなたはどんな親ですか? どんな親だと思われていますか?
こういう質問に、あなたはどんな答えを持っているでしょう?
幼児教室マナーズを開校して20年。私は、たくさんの子ども達、たくさんの保護者の方々にお目にかかりました。
そして、ここ10年、時代の流れとともに、親のタイプ、親の雰囲気も、とても変わってきたなあ、と実感しています。しかし、20年間を通して変わらない事は、私が仕事上でお目にかかる保護者の方々は、みなさん一様にわが子の教育に対して非常に熱心で、意識の高い方々である、という事です。
そういう教育熱心な方々も、お話をしていると「2つのタイプ」に大別されることがわかりました。

1.教育こだわり派

「わが子が生まれる前からいろいろと子育てについて考え、子どもが生まれてからは、おもちゃ選びに始まり、与える絵本、それを与える時期まで熟考し、社会性を育てるため、躾に関しては厳しく、できるかぎり「良い子、優秀な子」に育てよう、とするタイプ」
こういうご両親の場合は、たいてい、私がお目にかかる時点(お子様が4歳程度)では、自分達が与えてきた教育に「大きな満足」と、「軽い反省」、「ちょっとした後悔」がおありのようです。
「大きな満足」は、我が子が自分たちの与えたものを順調に吸収し、利発に育ってきたこと、です。
そして、「軽い反省」と「ちょっとした後悔」は、ちょっと厳しく育て過ぎたかな?ということです。
家庭生活の中では気づかなかったことだったけれど、幼稚園や保育園、プレスクールのような団体生活の中に入った我が子を見てみると、妙に我が子だけが大人びて見えること・・・たとえば、わが子は何か行動に移る時、常に先生の顔色を見て、許可を求めようとしたり、まわりの子ども達の行動を見てから、自分の行動を起こす、というパターンがある、というのです。時にはそういう行動から、我が子が畏縮しているのではないか?子どもらしい元気さがないように目に映る・・・きっとそれは、自分達が厳しく接し過ぎたからだろう、と考えられるのですね。
世の中全体が、どちらかといえば「誉めて育てる」が主流になった現代。「厳しく育てていく」というご自分達の流儀に、今ひとつ確信が持てないのかもしれません。

2.個性重視派

「わが子の『個』を最大限に尊重し、親だからといって子どもを束縛したり、何かを強制したりせず、自由奔放に子どものしたい事を納得のいくまでさせてやり、なるべく叱ったり声を荒げたりはせず、常に諭し、誉める事によって、子どもの良い部分を伸ばしてやろう、としてきたタイプ」

こういうご両親は、ほとんどの場合が子育てに悔いはなく、新しい時代の「個性尊重の教育」をしてきたご自分達に少なからず満足されているようです。そして、私立小学校受験を考える時期がやってきた時も、やはり「個性の尊重」を第1に考え、まだまだ幼いのだから、子どもの嫌がるような準備は避け、楽に、楽しく準備をさせたい、とおっしゃいますし、進学させようと思う学校にも「強制をしない、自由な教育」を求められます。
こういう育てられ方をした子ども達は、非常に子どもらしく、自分の思い通りの行動、言動をします。これが良い面としてでると、とてもチャーミングで愛らしく、生き生きと見えます。しかし、その反面、それがマイナス面に出ると、思慮が浅く、じっくりと聞く、理解する、判断する、ということが苦手、ということにもなりかねません。

・ 偏らない子育て

このようにご紹介したどちらのタイプも結局は極端で、本当は、1つ目のタイプ、2つ目のタイプ、どちらかにも大きく片寄らず、中道をいくことが一番良いわけです。どちらか一方に偏ると、成長段階で、いろいろと歪みが出てくるでしょうね。
たとえば、1のタイプのご両親は、厳しすぎた事を後悔なさいますが、やはり厳しく育てられたおかげで、そういう家庭に育った子どもたちは、我がままが過ぎて脱線してしまうような事はなく、大抵の場合は、その年令なりにTPOを「感じる」事ができます。
ですから、その場の雰囲気を感じ、まわりの大人の様子や顔色などを見て、幼いなりに自分を処する事のできる子どもに育っています。こういう術が、ときどき、ご両親の目に「畏縮した」と見える要素となるのでしょう。
しかし、もちろん良い事ばかりではありません。まわりを気にしすぎるあまりに自己主張が乏しく、幼いわりには日和み的行動をする、という弊害もありますし、多くの場合、常に厳しい親の管理下にあったため、何かをする時には必ず、親や大人に是か非かの確認をしなければ安心して行動出来ない、という子どもに育っている場合もあるのです。
一方、2のタイプの家庭に育った子どもは、親のさじ加減が間違っていると「おさるさん」に育ってしまっている場合が多いものです。
個性を大事に、とは言いますが、3歳、4歳という幼い子どもの判断力には限界がありますし、強制も束縛もされた経験がないために、我慢のできない、我がまま放題の子どもになる事が大いにあります。
また、親に大きな声で厳しく叱られたという経験が少ない(皆無という場合もあります)ために、「叱られる」という行為に極端に弱く、自分がなぜ叱られたのか?ということを考える余裕がありません。ひたすら、「ああ、今叱られているよ、怖いよ、どうしたらいいの、早くこの時間が過ぎてしまえばいいのに・・・」と、パニックをおこしてしまうのです。こうなってしまうと、自分の間違った行為を認識し、反省するという当然の思考が全く働かず、癇癪を起こしたように泣いたり、部屋の隅に隠れたり、その場から脱走?しようとしたり・・・正常な感情のコントロールが利かなくなってしまうのです。

自由を尊重する、と言えば聞こえは良いですが、親のこういう育て方、考え方は、3、4歳児というまだまだ経験の乏しいわが子を、狭い子どもの世界の中に幽閉する事でもあります。
つまり、このような本来は子どもを成長させるためのチャンスを与えてやるのに、それを「親の強制」として認識している・・・でもこれは、親の強制ではありません。何でもなく、むしろと勝手に認識してしまったために、子どもは体験を通じて学習する機会が乏しくなってしまった、ということです。こういう子ども達は、一様に思考も行動も「幼い」のが特徴です。

・ 家庭教育の重要性

最近では、1歳児にも満たない極々幼い時期から、「早期の知育教育」と称する幼児教室に通わせるご家庭もあるようです。しかし、本来、「人としての教育」は家庭ですべきもの、それを忘れてはいけません。
確かに、ピアノはピアノの先生、バイオリンはバイオリンの先生、水泳は水泳の先生・・・に教わります。情緒教育とは言え、こういう「技術」は、当然、専門家にお任せするべきものでしょう。
しかし、社会のマナーや生活の中のエチケット、立ち居振る舞い、言葉遣い、生活習慣、こういう「躾け」は、幼い頃からご両親の元、家庭生活の中で自然に身につけるべきものであり、また同時に、知育的な発達に関しても、最も適切で、子どもにとっても効率的なのは、家庭の中で、一番身近な両親から自然に学んでいくことでしょう。
親が、愛情を込めて時には厳しく接し、子どもに迎合せず、しっかりと教える・・・そういう「人としての基礎」があるからこそ、その上に、初めて立派な学校教育や学問的教育が実っていくのだと思うのです。

こういう当たり前の事を、あらためてご両親で再認識し、我が子の誕生以来、ご自分達は「どういう意識を持って、愛するわが子を育ててきているのか?」を再確認してから、小学校受験を考えましょう。
こういう大切なステップを踏み、しっかりとした考えがなければ、きっと小学校受験の準備の途中で、ご自分達の進もうとする方向を見失い、「受験準備」と称するものに振り回されてしまいます。そんな事になれば、まだまだ幼い我が子は、親と一緒に、もっともっと大きく振り回されていくでしょう。

どんな準備をするか?どんな準備をしたいのか?どんな学校があるのか?どんな学校で学ばせたいと考えているのか?こういう事も、基準になるのは「ご自分達、ご家庭での教育」です。よくよくお考えになって、そして前進してください!

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