「地方」と「首都圏」の小学校

地方出身のパパママの悩み

「先生、じつは私は高校まで○○県で育ち、小学校から高校まで県内の公立学校で過ごしました。今、我が子には私立の小学校で教育を受けさせたいと夫婦で話し合っているのですが、本当のところは、そもそも私立校というものを理解しているとは言えません。上手い表現が見つからないのですが、感覚としては『ピンとこない』、というのが最も適切でしょうか…」

「私はずっと地方の学校で教育を受けました。友達や先生にも恵まれ、今思い出しても、それは幸せな学校生活でした。ところが、会社で来年我が子が小学校に入学するということを話すと『君のところはどうするの?私立?公立でいいの?』と言われ驚きました。私達夫婦が何の疑いもなく、地域の公立小学校に進学させようとしていることは、決して普通の考えではないのだと初めて知ったのです。すっかりわからなくなってしまいました…」

「夫婦で話し合い、私立小学校受験をしようと決め、友人の子どもが通っている学校の説明会に参加したのですが夫婦で度肝を抜かれました。全員が紺色の装束で、私達は完全に浮いていました。「紺色の世界」とはネットでは読んではいましたが、ここまでとは思わなかった。このことに象徴されるように、万事、私立小学校の世界は私達の理解不能なことばかりが起こるように思い、恐ろしくなりました。いったい、どんな世界なのでしょうか?」

これらは、実際にご相談に来られた地方出身の保護者の方々のお言葉です。

こういう方々の思いに、深く、強く、共感される方はたくさんいらっしゃるのではありませんか?いったい、そこはどんな世界なのだ?いったいそこは何なのだ?不信感まで湧いてきてしまいますよね。

地方の公立小学校の特徴

少し、違った方向からこの問題を考えてみましょう。

毎年、冬が近づくとNHKの地方局のトピックスが流れます。

甲信越のある公立小学校では、もう60年以上も、冬になると町ぐるみで小学校の運動場に水を撒きスケートリンクを作るとのこと。気温マイナス10度の凍りつく寒さの中、保護者のみならず、地域の住民が交替で、小学校の全校生徒100人のために毎晩整備を欠かしません。少しでも気温が上がると朝からリンクの事が気にかかり学校にかけつける住民達、1年生も6年生も、自分達のためにリンクを整えてくれているおじさん達に元気にあいさつをし、年に1回の競技会では、地域住民はこぞって応援に駆け付け、地域をあげて生徒達に声援を送ります。住民の一人一人が「かつてはそこで滑った小学生だった自分の姿」を思い出しながら、手作りリンクを滑る子ども達を応援します。こうして、脈々と受け継がれていく小学校のリンクへの愛情、愛着。それはリンクに象徴される母校への深い思いです。

「僕も、私も、お父さんも、お母さんの、おじいちゃんも、おばあちゃんも、おじさんも、おばさんも、同じこの小学校で学んだ!今は、いとこも一緒に通ってる」

首都圏に近い県や、地方でも県庁所在地ともなれば、今ではそれほど「地方、田舎」の様相を呈してはいないものの、人口との関係を思えば、小学校や中学校の様子にはまだまだ色濃く地方色が残っていることと思います。このように、地方の小学校には、「地域の思い入れ」が詰まっていることが多いです。そして、このスケートリンクに象徴されるような、受け継がれていくその地域での役割というものもあるでしょう。

それが地方の小学校の特徴であり、存在意義なのだと思います。

首都圏の公立小学校の現状

もし、首都圏の小学校もこのスケートリンクの小学校と同じような体質だとすれば、きっとこれほどまでに「私立小学校志向」「公立校回避思考」は育ってはいかなかったのではないか?そう思えてなりません。もちろん、現在の首都圏ではこういう感情面では云々できない、首都圏特有の教育環境が存在します。郊外の新興住宅地では、学校そのものにそれほどの長い歴史がありません。住民の転入や転出も多いく、公務員である先生方も転勤をされるとなれば、子どもが卒業してしまえば愛着も薄れ、小学校は「通過点」に過ぎません。

また、東京の極々都心や、戦後に大規模開発された郊外の住宅地では、昨今、子どもの数が減少し、小学校の統廃合も進んでいます。

もう一つの大きな特徴は、「塾通いをする子ども達の増加」です。首都圏には、数多くの私立の中高一貫校があります。大学までの一貫校の場合、幼稚園からの総合的な学校という場合もあります。いずれにせよ、中学受験をする子ども達は、放課後、中学受験のための進学塾に通わなくてはならず、その受験準備の期間、放課後の塾通いの年数は年々長くなっています。

このように、地方と首都圏では小学校の様子は大きく違います。
違いをしっかりと理解し、誤解や勇み足のないように小学校受験を考えていきましょう。