帰国子女の小学校受験(2)

志望校選びを大切にすることは、「帰国子女の小学校受験(1)」でお話しました。いよいよ、実際に受験するために必要なことをお話ししましょう。

母国語(日本語)の重要性を認識すること

帰国して間もない方の多くは決まってこのようにおっしゃいます。

「せっかく覚えて、今はかなり自由に話している〇〇語(赴任先の言語)なので、それを大事にしたいです、国際化社会の時代なので」

そうおっしゃるご両親の思いを理解できないわけではありません。おっしゃる通り、社会のグローバル化を思えば、確かに我が子が笑顔で外国語を話している事実は、この上なくすばらしいものに思えますね。しかし、小学校受験への思いが、単なる思いつきや興味本位というものでなく、我が子の教育や将来を考えた真剣なものであれば、まずは「母国語(日本語)の大切さ」を認識しなければなりません。どこで生まれ、どこで育ったとしても、「我が子は何人なのか?我が子の母国語は何語なのか?」です。

もし、帰国する時の子どもの年齢が小学校の高学年や中学生、高校生であれば、かなり事情は違ってきます。私立の一貫校や、中高の一貫校の中には「帰国子女枠」を設定している学校もあり、その枠に編入する形で帰国後の教育を考えることができるからです。しかし、帰国時の年齢がまだ4歳、5歳で小学校受験をするとなれば、完全に問題は別です。

そして、大変失礼ながら、ご両親がどんなに「うちの子はすごいなあ」と外国語を駆使して現地の幼稚園で外国人のお友達と楽しそうに遊んでいる姿を眺めたとしても、所詮は「4歳児、5歳児が話す外国語」です。この事実を見落としているご両親は多いです。

どうぞ、小学校受験をお考えになるならば、日本での「失われた時間」のほうを意識してください。

お子様と同じ時期に日本で生まれ、日本で育った子ども達は、身のまわりの世界から、毎日毎日、日本語をシャワーのように浴びて育ってきています。 当然、こういう子ども達は、自分で話す力だけではなく、自分の耳で聞き、理解するという「聞く力」も備わっています。もちろん、それも所詮、3歳児、4歳児の日本語力ではあるのですが。

幼い頃、外国で生活をしてきた子ども達でも、ご両親が母国語習得の重要性をしっかりと理解しているご家庭では、「日本語を話す力」を持っている子どもは少なくありません。しかし、そういう子ども達の場合でも、残念ながら「聞く力不足」は否めません。

 
小学校受験に向かわなくとも、長年、異文化の中で育った我が子が帰国し、急に幼稚園や保育園のような新しい環境にポーンと放り込まれる、そして当面はストレンジャーに見えてしまう同年齢の「日本人の子ども達」の中で、初めて日本語のシャワーを浴びる。このことが、子どもにとってどんなに大きな混乱であるか。「???」ばかりの中で、子ども達は苦労をするのです。

そういう帰国後の現実を認識し、まずはしっかりと母国語である日本語学習のキャッチアップをしてあげてください。

国際化社会だからこそ「日本語」が重要

グローバル化が叫ばれるようになって以来、ここ10年、子ども達の日本語力は大きく低下しています。そのまま成長してしまうために、正しい日本語(あらためて、日本語は母国語です)の話せない大学生、社会人も少なくはない。これは、母国語を大切にしなかった功罪です。

こうした背景と問題点を考慮し、現在ではどの私立小学校でも日本語力の低下を危惧し、入学試験の中に「言語の分野」のテストを多く出題するようになっています。

自分の思いを伝えるにも、人の思いを理解するにも、「言葉」は柱ですからね。でも、実際には正しく美しい日本語を話すために、そのための習得環境が不可欠です。親が正しい日本語を話し、子どもがそれを日々聞くことによって、自然に「親の話す日本語から、自分の話す日本語のスタンダードを取得」します。

それにプラスして、まわりの大人が話す日本語をシャワーのように浴び、自然に習得していきます。最近の子ども達の日本語力の低下は、親が正しい日本語を話さないこと(話せないこと?)、親に日本語を大切にする意識がないこと、が上げられます。こういう観点からも、「日本語力」は「家庭力の一部」とみなされているのです。正しく美しい言葉が話せ、なおかつ理解できることは、そういうグローバルな社会だからこそ、日本人としてのアイデンティティー大切にする両親、家庭で育てられた子どもである、という理解です。

日本とは違う風土や文化の中で、家族揃って貴重な経験が出来た、というプラス面はもちろん大いに評価されます。外国で暮らすという状況下にあったからこそ、家族の結束が強まり、とても有意義な生活を送ることができたことも事実ですね。そういうプラス面を最大限に評価していただくためにも、マイナス面である「幼児期の言葉の発達」の認識を持ち、その点を補う努力をしてください。

季節・行事・週刊に代表される「文化」の理解

小学校受験の考査の中では、母国語でもある日本語についてのほか、日本の季節・行事・習慣など、日本人として当然知っているべき知識や道徳観、ご家庭で大切にしているべき風習などの問題が出題されます。

国際化が叫ばれる中で、どうして日本に関する出題が多いのかと不思議に思われるご両親もたくさんおいでになるでしょう。しかし、答えは簡単です。

どんな国であっても、優秀な人材、立派な人材とは、特別な能力や外国語に長けているだけではなく、しっかりとしたアイデンティティーを持った、その国の代表となれる文化人、ではないでしょうか。自国の文化への理解もなく、大切にもしてこないままで、まるで猿真似をするように他国の文化を真似るだめでは悲しいものがありますね。そういう意味で、小学校受験では「文化・風習・習慣」を大切にする家庭ということで、季節や行事に関する理解も問われます。

駐在時、お子様が日本人学校の付属のナーサリーのようなところに通っていたとしても、気候風土の違うところで日本の行事を体験したとしても、なかなか「五感」でその行事の意味を理解するのは難しいでしょうし、また、国を挙げて実施する行事であるからこそ、子どももその感覚が身に付く、と言えます。

ですから、海外赴任中は、きっと駐在をしている国の季節感や風土にあった「その国の行事や文化」を体験するほうが、きっと子どもにとっては身近であり、親しみが持てるはずです。このようなに、帰国子女にとっては、多く出題される「季節や行事、生活習慣」に関する問題は、非常にむずかしい問題となってしまいます。

たとえば…ギラギラと照りつける太陽と真っ青な空の下、お正月を迎えていたとしたら?きっと、日本の寒いお正月をイメージすることは出来ないでしょうし、実感もありません。

今では、ほどんとの人がこたつでミカンを食べ、着物姿でカルタをしたり、マフラーと毛糸の帽子をかぶって凧揚げをしたり、羽根つきをしたりする昔ながらのお正月を迎えませんが、それでも、日本にいれば、そういったお正月を感覚から「感じる」ことはできるのです。

また、2月や4月、テレビを点けると、毎日のようにCMでひな人形や五月人形の映像が流れ、桃の便りや菖蒲の映像などを頻繁に目にするからこそ、雛祭りも端午の節句も、何となくではあっても、「知っている、わかる」という感覚が芽生えます。

季節感は、生活していてこそ実感できるもの。

季節は「学習」するものではなく、本来は体験から感覚として覚えるものなのです。しかし、海外に駐在中、帰国子女の場合、それはどうしても無理なことです。 だからこそ、小学校受験における「季節や行事の理解」が持っている意味を親がしっかりと理解し、帰国後は決してそれらをなおざりにせず、一つ一つの行事、さまざまな独自の文化に関して「それがどういうものなのか?」「どんな準備をするか?」というようなことを、子どもに説明をしてあげて、少しでも理解できるように工夫をしてください。 大切なことは、まずは正しいご両親の認識です。