「家庭の色合い」と「学校のカラー」

小学校受験を考え始めると、「学校についていろいろと見てみよう!調べてみよう!」と思います。そして、学校が開催している説明会に足を運んだり、行事に足を運んだり、目も心も「学校」に向いていくのが常です。でも、本当は学校ばかりではなく「自分たち」にも目を向ける必要があるのです。ちょっと考えてみてください。

それぞれの家庭に「色合い」がある

自分達ではごく普通に暮らしているつもりでも、実際に周囲からは「あのご家庭は〇〇な家庭だねえ」というふうに、それぞれ違った空気感を持つ家庭として認識されているものです。みなさんも、ご近所さんのことを思い浮かべてみてください。ねっ、違っているでしょう?

たとえばここに2つの家族があるとします、家族構成はどちらも同じ4人家族(父・母・5歳児・2歳児)です。

もしここで2家庭それぞれの「食事風景」「外出時の様子」の様子を映した5分間のビデオを流したとしたらどうでしょう。ごく普通の日常の一幕であっても、きっとそのビデオを見た人達は、2つのご家族にかなり違う印象を持たれるのではないでしょうか?

字面では同じ「親子4人家族」でも、映像から感じる生活の空気、父や母の態度、言葉遣い、子ども達への対応、等々、かなり違うものです。これが家族それぞれの持っている「色合い」であり、この色合いは、家族それぞれの性格や人柄、気質に由来するだけではなく、ご両親の生まれ育った環境、受けてきた教育、就いている職業等にも大きく左右されているものです。

このような亊を十分に理解した上で、「私立小学校受験」を考えてみましょう。

小学校受験の2つの柱

私は私立小学校受験には2つの柱がある、と考えています。

まず1つ目は「子どもの力」です。

もちろんこの「力」とは「能力」のことではありません。敢えて「能力」と書かなかった理由は、つい私達が考えがちな「〇〇が出来る」という意味での能力ではなく、小学校受験で求められている「考える力、判断する力、表現する力、我慢する力、ひたむきに頑張る力」等、能力という言葉にはあてはまらない「生きていく上で必要な様々な力」だからです。こういう総合的な「力」が、1つ目の柱。

2つ目の柱、それが「家庭の色合い」です。

あなたがいくつかの学校の説明会や学校見学・学校行事に足を運んだ経験があれば、きっとそれぞれの学校に「違った空気」があったことを肌で感じられたのではありませんか? 共学校、男子校、女子校、小中高一貫校、カトリック校、プロテスタント校、等々、同じ分類の中の学校であっても、ひとつひとつの学校にある「違い」を感じるはず。 

そういう違いが「学校のカラー」です。

言い換えれば、「学校の色合い」です。 すでにご承知のように、私立の学校には各学校に建学の精神があり、特色ある教育方針、教育理念があり、それも学校の色合いになります。そういう教育の元で育ってきた数多いる卒業生、卒業生家庭が育んだ「空気」からも「学校のカラー、色合い」が生まれます。小学校受験の場合、この「学校の色合い」と「家庭の色合い」の相性、がとても大切です。その家庭がどういう家庭なのか。どういう父親、どういう母親なのか。どんな環境、どんな雰囲気の中で、その子は日頃育てられているのか。

それを学校側はしっかりと見ています。

短い考査の時間の中で、そんなものが見抜けるのかと疑問に思われるかもしれませんが、先ほど述べた「5分間の家庭のビデオ」然り、人の行動や言動、立ち居振る舞いからは、常に「気」が発せられ、語らずとも見えるもの、見えてしまうものはあるのです。「学校のカラー、色合い、空気」と「家庭のカラー、色合い、空気」とピタリと合わなければ、大切な子どもを育てる上での最大、最悪の不協和音となってしまうでしょう。そんな不協和音の教育環境の中で、真っ当な子どもが育つわけはありません。

みにくいアヒルの子

デンマークの作家、アンデルセンが書いた「みにくいあひるの子」という童話はご存知ですね。白鳥のたまご一つが、あひるの巣に紛れ込み、生まれたとたんに「他とは違う」ために異端児としての扱いを受け、そのひな鳥は大変悲しい毎日を送る。やっと大きくなって、自分が本当は何者であったかを知って、その世界の中に戻り、幸せに暮らしました、めでたし、めでたし…というお話ですね。

あるべきところに、あるべきものがある、いるべきところに、いるべき人がいる。そこに本当の幸せがあり、そしてこれは私立小学校受験の世界も同じです。

しかし、「2つ目の柱」のことを全く考えず、子どもの「能力」(敢えて、「力」ではなく「能力」と書くことにします)ばかりに着眼し、強いてばかりの受験準備に奔走してしまう。最初に志望校ありきでスタートをし、全く学校の色合いとご自分の家庭の色合いを意識せず、ただただ突っ走る、というのが、巷の小学校受験準備の現状かもしれません。

「みにくいあひるの子」が、最後に幸せになれたのは、「自分のいるべき世界」に戻れたからですが、間違った受験準備では、「自分のいるべき世界」には行けません。

もし、小学校受験の準備をする時に「知力」という面での子どもの力を伸ばすことこそが正しい受験準備だと思い込み、深い考えもなく、結果的にご自分の家庭と「ベクトルの方向が違う学校」ばかりを志願したとしたら?こわくありませんか?子の努力、親の努力が「一日も早く忘れ去りたい月日」になってしまうのは、私は耐えられません。

幸い、首都圏には90校近い私立小学校、国立小学校があります。真摯な気持ちで各学校に向かえば、自ずとご自分達の「五感」にビビビッとくる学校がいくつか見つかるに違いありません。ご自分達をあらためて見つめ、そして、親として、家庭として進もうとしている道を見極め、同時に受験準備はわが子の成長を促す絶好の機会と捉えましょう。