「お受験」は造語

一人歩きする「お受験」の世界

今ではすっかり馴染みのある言葉になった「お受験」ですが、昔はこんな言葉はなかったのです。ご存知でしたか?この「お受験」という言葉ができて以降、何となく小学校受験は妙な色合いの世界になってしまったようです。一人歩きする「お受験」という言葉。今一度、しっかりとこの言葉の誕生の背景、この言葉に込められた思い等を考えてみましょう。

「お受験」が誕生した戦後の日本

今ではすっかり定着した言葉「お受験」。しかし、この言葉は昭和の終わりから平成の初期に使われ出した「造語」です。戦後の日本、いろいろな意味で人々の暮らしが元通りになり、あらためて子ども達の教育に目を向ける余裕が出てきた時代に、たくさんの私立小学校が開校しました。しかし、戦前から脈々と続く伝統校も首都圏にはたくさんあります。

昭和の後期、それまでは一般人には「高嶺の花」と感じられてきた私立の小学校。しかし、当時の好景気に後押しされ、だんだんとそういう私立小学校というものを身近に感じ、「我が子にも良い教育環境を!」と考える家庭が増えました。「ちょっとがんばったら、私達の家庭でも手が届くんじゃないか?」そう考えた両親達が駆け込んだ小学校受験準備のための幼児教室。「お受験」は、そういう世界の中で使われ始めた造語です。

ちょうどその頃、今は亡き女優の野際陽子さんが塾長役を演じて話題となったテレビドラマがありました。平成初期に放送されたそのドラマでは「名門私立小学校に我が子を入学させたい!」と願う3つの家庭」の様々な人間模様が描かれ、その頃から巷では「多少の揶揄を込めて」お受験という言葉が、小学校受験に特化して呼ばれるようになったのです。

「お受験」に込められた揶揄

どうして「お受験」という言葉に多少の揶揄が込められたのでしょう?前項でも書いたように、その頃までは一般庶民にとっては高嶺の花に感じられてきた私立の伝統校、小中高の一貫校等。しかし、1980年代以降は、学校側も入学の門戸を広げ、それに伴い、豊かになった一般家庭の中には、そういう世界に「飛び込んでみよう」「試験だけでも受けてみよう」という家庭も出てきたのです。

とは言え、当時はまだまだそういう家庭は一部の勇気ある家庭、もしくは非常に教育熱心な家庭でした。

巷では、そういう家庭を見る目には2つのタイプがあったように思います。

タイプ1

本当は自分達もその世界に飛び込みたい!と思いつつも、そこまでする勇気はない、という家庭。または、飛び込む勇気はあるけれど、経済的な事情で私立小学校という選択は難しい、という家庭もあったでしょう。そういう家庭では、自分達の勇気のなさ、思い切りの悪さや、家庭の事情というものを自分で慰めるために、それなりの方法が必要だったでしょう。

タイプ2

まだまだ幼い子ども達に受験準備の名のもと、勉強をさせる家庭や、勉強を無理強いする両親、そういう種族は理解に苦しむ!と、小学校受験を全否定し、受験準備に取り組む家庭を白い目で見る人達。

タイプ1であれ、タイプ2であれ、私立小学校を目指し、受験準備をする家庭を「一言で侮蔑できる『お受験』という言葉」は便利だった、と思います。

このように、「お受験」という言葉には、少なくとも「すこぶる良い印象」はないように思います。そういう現状の中で小学校受験に向かう家庭には、様々な意味で「それなりの覚悟」は必要ではないか、と私は考えています。