「一夜漬けの家族」ではなく「自然体の家族」で

インターネットをはじめ、そこら中に溢れる受験についての情報、それら情報を上手に、有効に使うことは、現代の受験準備において必要不可欠かもしれません。とは言え、情報に振り回されぬよう、時には立ち止まり、しっかりと考える、初心に立ち返り考えることも必要です。

本当にその情報、正しいですか?

「他の家庭より有利になるにはどうすれば?」
「願書に何を書くと学校は好印象になる?」
「面接で何を話せば面接官に好印象になる?」

真顔で、真剣に、身を乗り出してこういうことをたずねられても、私には答えるべき言葉が見つかりません。ましてや「うちの子をなんとか〇〇小学校に合格させてください!」と懇願されても、私にはそんな力はなく、悲しくなるばかりです。私自身も母親ですから、ご両親の受験への強い思い、藁をもつかむような悲壮な感覚を十分に理解できます。

小学校受験が世の中に浸透してきた頃から「A校向けの面接対策」とか「B校の面接はこう対策すべし」等々、受験のために即席で作った人格や家族の姿で、各小学校の面接に対処しましょう!と奨励する虎の巻や情報サイト、成功例の書き込みなどが巷には溢れているのが現実です。毎年、そういう情報をもとに、早い時期から面接の対策を考え、面接前夜まで練習を欠かさない、というご家庭も少なくはないのでしょう。

しかし、本当にその情報、正しいですか?

一度立ち止まり、冷静になり、静かに目を閉じて考えてみてください。本当にそれら情報の通りにしたら合格するでしょうか、受験が有利に働くでしょうか、そしてそれが親や子供にとって最善の姿に見えますか?

小学校受験の面接官は、校長先生お一人の場合もあれば、校長先生・教頭先生・主任の先生と書記的な先生と複数の場合など、様々でしょう。このように面接の形態は違っても、決して新任の若い先生がお一人で担当されるというようなことはなく、然るべき立場で、学校が求めるものを熟知された方が対応されるのが常です。面接という大切な日、そういう先生方の前に座り、真実の人格が宿らない、にわか仕立て的なご家族の姿で本当にいいですか?面接は「ハレの日」です。偽りの姿で臨みますか?

たくさんの志願者のご家庭に真剣に対峙してくださる面接官である先生、そんな先生方に対して失礼になってはいけない、という思いから練習を重ねられた、ということであれば、それは素敵なことですね。けれど、気の張る結婚披露宴でスピーチを頼まれた時のように、あっちこっちから出してきたモザイク的な美辞麗句や、学校要覧に書かれた建学の精神や校訓を散りばめた家庭の姿が見えない言葉の数々、それで満足ですか?

角度を変えて考えてみましょう。

面接官となる先生方は、その私立小学校で、毎年100名近い子ども達を育てておられます。今までに数多くの卒業生を輩出されてきたことでしょう。そしてまた、毎年、多くの志願者家庭の面接に向かわれ、たくさんのご両親とお話になっているはずです。そういう先生方は「人を見る目」、「偽りを見抜く心眼」をお持ちだと思えてなりません。

また、最近増えているのが「練習や対策は馬鹿げているから、出たとこ勝負で行ってきます」というツワモノのご両親。ご自分のための就職試験であればそれも良いでしょうが、小学校受験の面接は、我が子の「父」「母」として臨むもの。社会人の礼儀として、「出たとこ勝負」はあまりに礼を失する姿ではないでしょうか。

誰も「自分を装う」ことはできません

それでも尚、ネットの情報や虎の巻を信じて「偽りの姿面接」を実践したとしたら?残念ながら人はみな、自分が思っている以上に「素直」なものです。それほど簡単に人格を変えることはできません。「~~らしく演じる」ことに成功したとしても、実際には、二言、三言話せば、その人の人柄は見えるものなのです。特に緊張をしている面接のような状況では、役者さんでもない限り、どこかで人は「素顔」になっている時がある、そういう素敵な生き物なんですね。

面接で話すお相手は教育者です。

先ほども書いた通り、日頃から「人を育てる仕事」をされている先生方の目は、それほど節穴ではありません。言葉遣い、立ち居振る舞い、すべてから「その人」が伝わっていきます。そして、その人、そのご家庭が見えていくでしょう。

「言霊(ことだま)」という言葉はすでにご存知のことと思います。「言葉」は、発した瞬間からそこに魂が宿る、言葉とは、単なる音の羅列、音の連続ですが、人の口から発せられたとたん、真実の言葉には熱がこもり、心のこもらない偽りの言葉には魂が宿らない。朴訥で、決してお話が上手な方ではなかったとしても「ああ、心に残るお話だったなあ…」と感じられた経験はありませんか?その反対も然りで、話が上手な人だったけど「あの人って何を言ってたんだっけ?何にも覚えてないわ。」といった具合に。

面接官である先生方は、面接の間、いえ、ご家族がそのお部屋に入った瞬間から、その部屋に流れる空気と温度、そういうすべてから、「あなた達、ご家族」を感じられるのです。

ちょっとした「背伸び」と「自然体」

私はいつも、小学校受験には「ちょっとした背伸びは大切ですよ」と話します。そういう背伸びは、人としての居ずまいを正し、良い緊張感を持つことになるからです。「良い緊張感」、それはとても大切なことだと思います。親子で真摯に学校に向かう姿勢は、本来、私立校という特別の世界の門を叩く、あるべき姿だと思います。

世の中に、100点の親子、満点の家族など存在しません。また、満点の家族の基準もありませんし、また満点である必要もない。

我が子のために良い教育環境をという思い、親の姿は尊いものです。我が子の教育を真剣に考える両親ならば、自分の思い描く理想の親像もお持ちでしょう。しかし、そんな理想の親であることを目指しながらも、理想と現実の狭間で歯ぎしりし、時には自分の親としての不甲斐なさを悔いたり反省したりしながら、日々の生活を一生懸命に送られているのではありませんか?そんな毎日の積み重ねの中で、かけがえのない我が子に愛情を注ぎ、常に我が子にとっての最善、最良の道を模索している、きっとあなたはそういうご両親だと思います。 それで十分です。それこそが、すばらしい真実の親の姿でしょう。

面接だけではありません。志望する小学校に向かう時には、常に偽りのない正直な姿、自然体で、ちょっとした背伸びを意識して向かってください。

肩の力を抜いて、志望する小学校に対し「心」をまっすぐに向けて、真摯な姿勢で臨んでください。そういうピュアな姿で試験に臨めば、自然に「大きな力」によって、きっと一つ一つのご家庭にとって、最善、最良の道が目の前に拓けていくに違いありません。そして、拓けてくる道こそが、その家庭にとっての「最善の道」です。